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1.(アイコンNo1)
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ボンベイ湾に浮かぶヒンドゥー彫刻の島 |
ボンベイのインド門脇からボートで約1時間の、ボンベイ湾に浮かぶ緑の小島。ヒンドゥー教の石窟寺院があり、ボンベイの観光名所となっている。山の頂上近くにある7つの石窟は、6?8世紀に掘られたもので、ヒンドゥー彫刻の宝庫である。なかでも高さ5.7メートルのシバ神像は、創造者、守護者、破壊者の3つの顔をもち、その大きさとダイナミックさには、見る誰もが圧倒される。ほかの彫刻も、シバ神にまつわる神話から題材を得たものが多く、踊るシバ神像やシバ神の婚礼の図などが、華麗に壁面を飾っている。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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2.(アイコンNo2)
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インドを代表する3つの宗教芸術の宝庫 |
インドの宗教芸術の至宝ともいえる34窟の石窟寺院は、3つの宗教のエリアに分かれている。第1窟から12窟が5?7世紀ごろに掘られた仏教寺院、第13窟から29窟が8?9世紀ごろのヒンドゥー教寺院、第30窟から34窟が9?10世紀以降のジャイナ教寺院である。なかでも、第16窟のカイラーサナータ寺院は、カイラーサ山のシバ神を祀った巨大な寺院で、ヒンドゥー芸術の代表作。8世紀半ばから1世紀の年月をかけて、巨大な岩の塊を上から掘り進み、寺院全体をひとつの岩から掘り出した。彫刻でおおわれた壁面の芸術性の高さも見逃せない。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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3.(アイコンNo3)
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赤砂岩の無骨な城壁に隠された優雅な宮殿 |
ヤムナ川岸に建つ、ムガール帝国第3代皇帝アクバルによって1564年から築かれた城。現存しているのは、4、5、6代皇帝によって建てられたもの。高さ約20メートルの無骨な城壁に囲まれているが、内部にはその外観からは想像できないような華麗な宮殿やモスクが、立ち木と芝生の美しい緑の中に建ち並ぶ。ディワニー・アム(一般謁見室)は、皇帝が一般人民の訴えを聞いて裁きをつけたところ。ディワニー・カースは特別謁見の間。ジャハーン・ギーリーとカース・マハールは、装飾の美しい宮殿である。ヤムナ川越しに望むタージ・マハールも美しい。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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4.(アイコンNo4)
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今に残るムガール帝国の栄華と愛の象徴 |
ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハールの死を悼み、22年の歳月と天文学的な費用をかけて建設した霊廟。完全な左右対称形で構成されている。周囲には、ほかに建物はなく、裏手は広大なヤムナ川なので、晴れた日には青空に浮かぶ白亜の宮殿のように見える。建物の随所に見られる白大理石に施された細やかな装飾が、皇帝の妃に対する愛情の深さを物語る。皇帝自身はヤムナ川の対岸に黒大理石で廟をつくり、タージ・マハール廟との間に橋を架ける計画だったが、内紛により失脚し、結局妃と並んで葬られ、今もここに眠っている。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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5.(アイコンNo5)
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昔の栄華をそのままに残すうたかたの古都 |
アグラの南西約38キロメートルにあるアクバル帝の旧都。この地に住む聖者の予言通りに男子を授かったアクバル帝が、その記念に1574年にここに遷都した。しかし、水不足と猛暑に悩まされ、わずか14年後の1588年に都をラホールに移したため、そのまま廃虚となったうたかたの都である。しかし、優雅で壮大な建物群が、傷みも少なく当時の姿のまま今も残っており、訪れる人を16世紀のインドにいざなってくれる。柱と屋根だけで構成された壁のない5階建ての建物パンチ・マハルに上がると、旧都全景と周辺の風景を見渡すことができる。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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6.(アイコンNo6)
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月神の末裔が残した寺院群をもつ聖なる都 |
月の神チャンドラの末裔と称するチャンデーラ王国がその最盛期に(950?1050年)に築いた寺院群をもつ聖なる都、カジュラホ。14世紀にイスラムの支配下に置かれたとき、偶像崇拝を禁じるイスラム教徒の手によって、寺院および寺院の内外の彫刻の多くが破壊され荒廃した。以後、廃都として人々から忘れ去られ、約5世紀の間、森林に埋もれ眠り続けた。ようやく再び、その存在が知られるようになったのは、19世紀初頭になってから。今は寺院群の見学で多くの人が訪れるこの町は、一歩外に出ると田園が広がり、のどかな農村風景となる。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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7.(アイコンNo7)
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白亜の宮殿が浮かぶ古都の湖 |
16世紀、ムガール帝国の攻撃を逃れてこの地に来たメワール王ウダイ・シンが、水を確保するために川をせき止めてつくった湖のひとつが、ピチョーラー湖。この大きな湖のほとりには、水の都ウダイプルが建設され、イスラムの影響を排除した独自の文化を形成した。それらは、数百年を経た今も色褪せることなく残っている。湖には、小さな島が2つ浮かんでいる。そのひとつ、ジャグ・ニワース島には、18世紀に大理石でつくられた白亜の宮殿があり、まるで水に浮かんでいるかのように見える。これがレイク・パレス・ホテルで、現在一般に使用されている。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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8.(アイコンNo8)
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壁面すべてを官能的な彫刻に包まれた寺院群 |
チャンデーラ王国の最盛期に、85あったヒンドゥー寺院群は、14世紀に侵入してきたイスラム教徒によってそのほとんどを破壊され、現存しているのは22にすぎない。残された寺院は、花崗岩と砂岩でつくられており、高さ2?3メートルの基壇の上に、玄関・集会殿・本殿と進むにつれて高くせり上がり、神に近づくような構成になっている。その壁面は、一面が数え切れないほどの彫像で飾られている。それらは、おおらかで官能的な男女の交わりの彫像(ミトゥナ)や、生き生きと躍動する神々や動物の姿で、何世紀も経た今も、おおらかな生命の喜びに満ちあふれている。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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9.(アイコンNo9)
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10.(アイコンNo10)
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象に乗ってのんびりと登る丘の上の古城 |
1600年にマーン・スィンフ1世が、ムガール朝によって王の称号を与えられて以来、1728年にジャイプールに都が移るまでの約130年の間、ジャイプール国の首都として機能していた城。丘の上にいかめしくそびえる石積みの城壁の内部には、イスラム様式の影響を受けた幾何学模様が美しい庭園と建物が残り、悠久の歴史を物語っている。場内は風通しが良く、思いのほか過ごしやすい。入り口から歩いて登るのもいいが、観光用の象に乗って、片道1時間ほどかけてのんびり行くのもいいだろう。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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11.(アイコンNo11)
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肉感的で優しい仏像、女神像たちに会える |
マトゥラーは、マウルヤ朝、シュンガ朝、クシャーナ朝、グプタ朝の下で仏教の中心地だった。また、「クリシュナ」生誕の地として知られ、ヒンドゥー教の聖地でもある。この州立博物館は、ダムピアー公園にあり、近辺から出土したグプタ様式の仏像や女神像を多数収蔵していることで有名。ギリシャ彫刻の影響を受けて端正なガンダーラの仏像に対して、マトゥラーの仏像は丸みを帯び、ふくよかで優しくインド的である。長いマントをつけ剣を下げたカニシカ王像、ふくよかなブッダの座像や立像など見どころは多い。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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12.(アイコンNo12)
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2500年の歴史を刻むブッダ生誕の地 |
ブッダ生誕の地ルンビニは、インドとの国境近く、のどかな田園風景に囲まれたネパール王国のバスティ地方パダリヤ村にある。ここには、マーヤー夫人が左手にシャーラ樹の枝を握り、右手にシッダールタ(ブッダ)を抱えている釈迦生誕の石像がある。彼が生まれてすぐに歩き出し、天地を指さして「天上天下唯我独尊」と言ったとされる話は有名である。今も、参拝する信者の姿が絶えることのない村だ。ルンビニにはこのほか、アショーカ王がブッダ生誕の場に立てさせたといわれる石柱の跡が残っている。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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13.(アイコンNo13)
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静寂の中に往時をしのぶ中世最大の大学跡 |
ナーランダーの仏教大学は、5世紀に建設されて以来、12世紀にイスラム教徒に破壊されるまで、インド各地はもとより中国からも大勢の留学生を迎え入れていた。最盛期には、およそ1万人もの僧が学んでいたという、当時としては世界でも有数の大きな学校だった。現在は、一面の緑の芝生の中に11の僧院と14の寺院のレンガの建物跡が残っており、当時の規模の大きさを今に伝えている。礼拝堂の近くにある大きなストゥーパは、上に登れるようになっており、上層部からは大学跡とその周りの静かな農村風景を見晴らすことができる。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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14.(アイコンNo14)
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ブッダが悟りを開いた仏教の聖地 |
厳しい苦行の末、菩提樹の下で瞑想を続け、ついに悟りを得たのが、ここ。小さな町の周囲には、川の流れと草地ののどかな風景が広がる。町の中でひときわ大きく目につくのが、マハーボーディ寺院の高さ52メートルの大塔。アショーカ王が、紀元前3世紀に建てた寺院が起源で、その後、何度も大改修工事を行って今の姿になっている。この寺院の裏手のブッダが座したという場所には金剛座があり、何代目かの菩提樹が枝を広げている。ブッダ・ガヤという地名で知られているが、実際に現地では、ボード・ガヤーと呼ばれているので要注意。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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15.(アイコンNo15)
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聖地を流れ、数多くの歴史を生んだ大河 |
ヒマラヤ山脈の西端を水源にインド北部を横切り、バングラデシュからベンガル湾に流れ込む大河。中流域には聖地が点在し、いにしえより“聖なる河”として信仰を集めてきた。なかでもワーラーナスィー(またはバナーラス、日本でベナレス)は、中流域の交通の要所にあたり、シバ神を祀る町として古くから栄えたヒンドゥー教の聖地である。市内のガンジス川岸にある沐浴場(ガート)は一般に開放されており、信者と観光客で賑わっている。また、輪廻転生の業から解放されるという教えから、ここで火葬した灰がガンジス川に流されることでも有名。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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16.(アイコンNo16)
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悟りを求め教えを説き続けたブッダ最期の地 |
ブッダ入滅の地クシナガヤは、カシアーの町の郊外にある。ブッダが入滅したと伝えられる地に建てられた大涅槃堂には、100年ほど前に土中から発掘された5世紀ごろの涅槃木像が安置され、今も拝観者が絶えることがない。また最近、この周辺には、ビルマ寺、中国寺、チベット寺が建てられ、仏教の聖地を守り続けている。この町から東に1㎞ほど行ったところに、ブッダの火葬の跡に建てられたと伝えられるラーマーバルや、ブッダが最後の沐浴をしたヒラニヤヴァティ川が流れている。まさに、ブッダの足跡をたどるには欠かせない土地だ。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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17.(アイコンNo17)
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芝生の緑に包まれたブッダの初転法輪の地 |
ブッダ・ガヤで悟りを得たブッダが、初めて説法をしたところ(初転法輪の地)。木々の緑と手入れの行き届いた芝生が広がり、ブッダの初めての説法を聞いている5人の修行者と森の鹿たちが目に浮かぶようだ。ひときわ大きく目立つのが、6世紀につくられたダメーク・ストゥーパ。一部破壊されてはいるが、外側のきれいな模様は見ることができる。ほかにも、かつて多くの僧が修行をしていた僧院の跡やブッダが説法をした場所に建てられたストゥーパの跡が残っている。今も参拝者が絶えない聖地のひとつである。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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18.(アイコンNo18)
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ブッダが晩年を過ごした古代の都跡 |
ブッダの時代に、ガンジス川中流域随一の強国マガダの首都ラージャグリハがあったところ。都の跡は周囲を5つの山に囲まれた盆地に残されているが、草と潅木に覆われて見るかげもない。出家したブッダが修行に入ったパンダヴァ山、晩年、多くの説法をして過ごしたギリジャークーター山が、仏教の聖地とされている。ここはまた、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラの修行した地としても知られ、ジャイナ教の聖地ともなっている。そのほか、マガダ国のビンビサーラ王がブッダの教団に寄進したといわれる竹林精舎跡も残っている。日本山妙法寺もここにある。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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19.(アイコンNo19)
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インドネシア一周旅行の気分を楽しめる |
ジャカルタにある広大な公園。「美しいミニ・インドネシア」という意味の名のとおり、ミニチュアのインドネシアを一周旅行するような場所だ。全国27州の各パビリオンがあり、それぞれの地域を代表する伝統的な住居や衣装など、生活様式を紹介している。園内中央の池にはインドネシア群島を模した島々が浮かび、ロープウエイで上から眺めることができる。世界最古にして最大の仏教遺跡ボロブドゥール寺院のミニチュアや、博物館、民芸品店もあり、ミニSLやバスで園内を移動できる。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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20.(アイコンNo20)
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緑豊かな街並みが美しい高原の学園都市 |
海抜700メートルを超える高原の街、バンドンは西ジャワ州の州都。大学や研究機関の多い学園都市でもある。街の見どころのひとつ、独立記念館は第1回アジア・アフリカ会議が開かれた記念すべき会場であり、周恩来やホー・チ・ミン、ナセルらが集まった会議の様子が紹介されている。ジャワ原人の頭蓋骨のレプリカが展示されている地学博物館も訪れたい。足を延ばせばジャワ島最大の活火山タンクバンプラフがあり、噴火口まで車で行くことができる。また、街のホテルではスンダ民族の伝統的舞踊が上演される、ディナーショーなども楽しめる。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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21.(アイコンNo21)
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美しいバティックはぜひお土産に |
バティックとはバリ島の名産品のろうけつ染めのこと。工場で作っているものと手作業で作っているものがあり、後者のほうがもちろん高い。美しい花や鳥をモチーフにしたもの、日常生活をモチーフにしたものなどがあり、柄はどれも美しい。1m×2m、2m×2m、2m×4mのいずれかが基本単位になっていることが多い。おみやげに是非おすすめ。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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22.(アイコンNo22)
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美しいヒンドゥー教寺院「細身の乙女」 |
ジョグジャカルタ郊外のプランバナン村には、仏教寺院とヒンドゥー教寺院が数多く残る。なかでもプランバナン寺院は、世界で屈指の美しいヒンドゥー教寺院といわれている。建立はボロブドゥール遺跡と同時期の9世紀ごろ。シバ堂、ビシュヌ堂、ブラフマ堂の三大聖堂が並ぶ姿は、ヒマラヤを模したとされる調和のとれた美しい山の形である。ひときわ大きく華麗な雰囲気をもつのが、「ロロ・ジョングラン(細身の乙女)」とも呼ばれる中央のシバ堂だ。シバ堂の周りを囲む回廊には「ラーマーヤナ」の物語が優美なレリーフで描かれている。隣の野外劇場で5?10月の満月の夜に上演される「ラーマーヤナ舞踊」も有名だ。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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23.(アイコンNo23)
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世界最古にして最大、謎の仏教遺跡 |
ジョグジャカルタの郊外に忽然と現れるボロブドゥールは、9世紀ごろ建立された世界最古にして最大といわれる仏教遺跡だ。長い間土砂に埋もれていたが、19世紀にインドネシア副総督の英国人ラッフルズ卿によって発掘された。誰が何のために造り、なぜ埋もれていたのか、いまだに謎の多い遺跡である。その構造は底辺約120メートルの正方形、頂上に大きな仏塔をもつ、高さ約40メートルの9層に積み上げられた石組みの建造物だ。最下層は欲望界を表し、上にいくにつれて色界、無色界、そして最上層は天上界を意味する。各層の壁には釈迦生誕図など仏教の物語がレリーフで描かれていて、教えを受けながら天上界へ昇れる造りとなっている。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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24.(アイコンNo24)
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古都で王宮文化や伝統工芸を楽しむ |
「ブンガワン・ソロ」の歌でも知られるソロ川のほとりの古都。正式名称はスラカルタという。18世紀には首都であったがマタラム王朝が分裂し、ジョグジャカルタにひとつ、ソロに二つの王朝が誕生した。いまも街には二つの王宮があり、観光のポイントになっている。マンクヌガラン王宮は内部の造りが豪華で、高価な宝飾品も展示されている。毎週水曜に行われるガムランの演奏も、王宮ならではの華やかさだ。もうひとつのカスナナン王宮には、古代の刀剣やワヤンなど豊富なコレクションを誇る博物館がある。また、バティック作りがさかんで、ジャワ島最大規模のバティック市場があるのも楽しみ。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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25.(アイコンNo25)
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バリ芸術を堪能するための美術館 |
アルマは96年に公式オープンしたアートミュージアム。アグン ライ美術館、ココカンホテル、カフェ アルマなどの施設が同じ敷地内に隣接している。バリ芸術に関したビジュアルアート、パフォーマンスアートをほとんどすべて堪能できる。美術館にはバリ芸術を世界に紹介し、新しい絵画の世界を開いたドイツ人画家、ワルター・シュピースの作品も展示している。ガムラン教室やバリ絵画教室、ダンス教室などのレクチャーを受けることもできるので興味がある人は参加してみよう。半日だけでも数日でも可能だ。また、オープンステージで新月と満月の夜にはケチャックダンスを鑑賞することができる。 詳細情報はエイビーロード(AB-ROAD)へ
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